成長の扉。
親になり、いろんな経験、
いろんな思いを味わわせてもらう。
親業16年目。母として、絶賛成長期に突入。
ヤダヤダ期。
思春期。
反抗期。
成長期。
更年期。
いつだって
予想もしないタイミングで、
突如訪れる、変革期。
そこに立ち会い、向き合いながら、
子も親も成長し、ステージをあげていく。
変革期は、幼虫からさなぎへ、そして成虫へ。
脱皮を繰り返している最中。
そこに立ち会う大人として、
必要なことはなんだろう。
我が子の、その瞬間に立ち会うたびに、
考えさせられる。
きっと模範解答なんて、ないのだろう。
でも、不可欠なことがきっとあるに違いない。
目を背けないこと。
投げ出さないこと。
信じること。
待つこと。
相手の気持ちを分かる努力をすること。
だろうか。
ブレずに信念を持つこと。
疑問には真摯に対応すること。
誠意。
信頼。
受容。
これが、言葉で言うほど、容易でなく、
感情を伴うと、さらに難しくなる。
きっと人は悩み苦しんで、
あーでもない、こーでもないともがきながら
成長していくのだろう。
それは子供だけでなく、親だってそうなのだ。
子供達に鍛えられ、
親として成長させてもらってる。
家族だから、
家族なのに、
夫婦だから、
夫婦なのに、
親子だから、
親子なのに、
そんな簡単な話じゃないのだ。
いろんな方程式が、心の中を交錯する。
自我の芽生えと確立が
疑問と反抗、地団駄に表れる場合が多い。
愛するがゆえの模索が、
時にお互いを苦しめる。
悩み苦しむがゆえに、
情緒不安定に陥る場合だってある。
いずれにせよ、 変革期が訪れた本人が、
一番もがき苦しんでいるには間違いない。
しかと向き合い、しかと受け止め、しかと寄り添い、相手を尊重し、時間をかけることが必要なのだろう。
その中で、
軌道修正することはあっても、
押さえ込まず、押し付けず。
まずは相手を受け入れることから始めよう。
押し付けられると、逃げたくなる。
だって人間だもの。
親も子も、別人格。
思春期は、転換期。
反抗期は、自己革命期。
最終的に、
来たる成長の過程を喜ばしく受け入れる、
包容力が必要だと気が付いた。
口論でなく、喧嘩でなく、意見の交換。
異論、反論、いろんな議論を重ね
連日2時間以上にも及ぶ親子の討論から
見えてくるもの。
納得すると、目が変わる。
腑に落ちると、顔が変わる。
不完全燃焼を完全燃焼に変えるために、
我が子が親に問い続けるなら、
親も逃げることなく、答え続けようと思った。
我が子が答えを求めているならば、
親も親なりに共に探す努力をしようと思った。
扉を開けずに立ち去ることもできるだろう。
目の前の扉を開けようとはせずに、
素通りすることだけはやめよう、と改めて心に決めた。
焦らずに、慌てずに、諦めずに、
自我の芽生えと向き合うことによって、
成長という名の扉が、
ゆっくりと音を立てて開いていくに違いない。
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